ところで、人間はどのような心理や欲求で行動するのかを考えてみます。マズローは「自己実現理論」にて、人間の欲求を5段階の階層で理論化しました。「マズローの欲求段階説」とも呼ばれます。

人間の基本的欲求を低次から述べます。

生理的欲求…食欲、睡眠欲等の本能的・根源的な欲求

安全の欲求…生命の安全、経済的安定性等の予測可能で秩序だった状態を得ようとする欲求

所属と愛の欲求…集団に属し、仲間から愛情を得たいという欲求

承認(尊重)の欲求…他者からの尊敬、自己尊重感等、自立した個人として尊重されたいという欲求

自己実現の欲求…自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求

成熟した日本社会では高次欲求を渇望する傾向が強まっていると考えられます。スターバックスで考えてみると、マズローの欲求段階説の「所属と愛の欲求」「承認(尊重)の欲求」「自己実現の欲求」という上位概念を十分に満たすことができる職場環境を提供しているといえます。

スターバックスというブランド力がある職場で働くことにより「所属と愛の欲求」が満たされ、ミッションにおいて従業員を大切にすることを宣言され、それが職場で実際に体感できることにより「承認(尊重)の欲求」が満たされ、従業員を尊重したトレーニング制度やキャリア開発制度、人事制度があることにより「自己実現の欲求」が満たされていると考えることができます。

このマズローの欲求段階説には批判的な意見があることは承知しています。しかし、企業が従業員を活用していく上において十分に役に立つ概念だといえるでしょう。

■ マズローの欲求段階説を理解し応用する

年収1000万円の仕事ではなくスターバックスで働くことを選んだ女性の話を紹介しました。この女性はきっと、スターバックスで働くことにより「所属と愛の欲求」「承認(尊重)の欲求」「自己実現の欲求」が満たされ、それが報酬となっていたのでしょう。

マズローの欲求段階説や二要因理論が示している人間の心理を巧みに活用した人的資源管理を行うことにより、従業員のモチベーションは向上します。従業員のモチベーションが高まれば業務の効率は向上します。

従業員はイキイキと働くことができます。従業員がイキイキしていれば、顧客は元気をもらうことができます。顧客は気持ちよく店を利用することができ、それが、商品・サービスの購買につながり、結果的に売り上げの向上につながります。

現代は社会が成熟し、モノが満ち溢れていて、人々の価値観は多様化しています。その結果、モノが売れない時代になったと言われています。消費者はモノよりコト(体験・感動)を求めるようになりました。難しい時代ですが、逆にチャンスでもあります。従業員がイキイキと元気よく明るく楽しく働いているというコトを提供することで差別化を図ることができるからです。

このことを実現するためには従業員満足度を高める必要があります。職場環境を良くし従業員満足度を高めていくというのは、一見、非効率でコストのかかることのように思われるかもしれません。しかし、従業員の効率性は高まり店舗環境が向上することで、逆に売り上げを上げることができるのです。

人材活用においてマズローの欲求段階説の上位概念を活用していくことは非常に効果的です。特に、存在欲求である「自己実現の欲求」は極めて大事です。私たちは物質的欲求が十分に満たされる世界に生きています。多くのことを望まなければ、不自由なく生きていくことができます。

お金を稼ぐことも大事ですが、それ以上に、仕事を通じて何を実現したいのかといったことを考える余地が広がっています。仕事における自身の存在意義について深く考えなければならない環境にあるといえます。

機械的に働くということに対して疑問をもつようになっています。現代は以前に比べて「自己実現の欲求」を満たしたいと思う人が増えているのではないでしょうか。従業員に「自己実現の欲求」を満たしてもらうためには「働きがい」を与えていく必要があります。

では、どのように従業員に働きがいを与えていけばいいのでしょうか。ドラッカーは自身の著書『マネジメント』(P.F.ドラッカー著)で次のように述べています。「働きがいを与えるには、仕事そのものに責任を持たせなければならない」

■ 権限委譲が重要

責任を持たせる上で大事になるのが「権限委譲」です。権限委譲とは、与えられた仕事の目標を達成させるために、従業員に自律的に行動する力を与えることをいいます。簡単に言うと、従業員に「任せる」ということになります。

スターバックスを例に挙げます。スターバックスにはマニュアルがほとんど無いと言われています。マニュアルで管理するのではなく、権限を委譲して従業員に判断を任せ主体的に創意工夫できる環境を提供しています。結果的に、顧客がどうしたら満足するのかを考るようになりホスピタリティのある接客を実現することができています。

もちろん、放任的に「任せる」では駄目です。基本的な考えや姿勢をトレーニングし、随時フィードバックを行い、継続的に学習を行うことが不可欠です。権限委譲で従業員に責任をもたせることにより、従業員は働きがいを得ることができます。自身がもつ能力や可能性を最大限発揮することができ、仕事を通して自己実現を図ることができます。

一方で、この権限委譲は簡単な問題ではないという事実があります。権限委譲により従業員に自律的に行動してもらうためには、権限を委譲される従業員と権限を委譲する管理者双方の能力が問われるからです。従業員側の問題としては、委譲される権限を行使する能力が求められます。

ハーシィとブランチャードのSL理論によれば、従業員の成熟度が「未成熟」には「教示型リーダーシップ」、「やや未成熟」には「説得型リーダーシップ」、「やや成熟」には「参加型リーダーシップ」、「成熟」には「委任型リーダーシップ」が必要としています。

権限委譲を行うためには従業員が「成熟」していなければなりません。管理者側の問題としては、「委任型リーダーシップ」を実行できるだけの能力が必要となります。いずれにしても、権限委譲を行い、従業員に自己実現を感じて働いてもらうというのは簡単なことではありません。

■ 兵法書『六韜』から権限委譲を考える

その難しさを、中国の代表的な兵法書『六韜(りくとう)立将篇』から見てみます。六韜は太公望が文王・武王に兵学を指南するという設定で構成されています。

国難が起これば、君主は正殿を避け、別殿に将軍を召し出して、次のように命ずる。
「国家の安危は、ひとえに将軍の肩にかかっている。今、某国が命に服そうとしない。願わくは軍を率いてこれを討て」
将軍を任命したあと、太史を呼んで占いの用意を命ずる。
(中略)
「これより下は淵に至るまで、すべて将軍の指揮にゆだねる」
将軍は、これに答えて、
「私はこう聞いています。国は外から治めることはできない。軍は内部(君主)から統率することができない。二心を抱いて君主に仕えてはならない。信頼されなければ敵と戦うことはできない、と。今、私は命を受けて統率の全権を賜りました。もとより生還は期さない覚悟です。かくなるうえは、なにとぞ軍権には干渉しないと誓って頂きたい。さもないと、この職を辞退する他ありません」
君主はこれを聞き入れ、出陣の運びとなる。

こうなると、将軍は敵からも味方からもなんら制約を受けること無く、縦横無尽に力の限り戦うことができます。自分自身がやりたいと思う作戦を実行することができます。責任(生還は期さない)は負わなければなりませんが、自分自身で考えた作戦を干渉されること無く実行できるのですから、その効果は否応なしに高まることでしょう。

これは敵国を討伐する際の軍権の権限委譲の話になりますが、権限委譲するからには委譲した者に一切の裁量を任せなければならないという難しさも物語っています。

権限委譲したにもかかわらず上司がその部下に口を挟んでしまうと効果が薄まってしまいます。権限委譲は簡単ではありません。しかし、人材を有効活用していくためには避けて通れない問題といえるでしょう。

権限を委譲し組織を活性化させていくことは簡単ではありません。権限委譲するためには委譲される従業員と委譲する管理者の双方の力量が問われます。従業員の質が問われるわけですが、良い従業員を揃えるためには、その企業で働きたいと思わせるブランド力が必要です。

ブラック企業と判定されては良い人材は集まらないでしょう。一朝一夕ではいかない問題といえます。逆に、一朝一夕ではいかないからこそ、これが実現できている企業は強力な競争優位性を築くことができるといえます。

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