経営学者のピーター・ドラッカーは自身の著書『イノベーションと企業家精神』で「イノベーションのための七つの機会」の一つに「認識の変化」を挙げています。人々の認識が変化する時にイノベーションが起きるとしています。

余談ですが、「世界の経営学者はドラッカーを読まない」という意見があります。ドラッカーの言葉は「科学」ではないという理由からです。私はこの意見に完全に同意しませんが、「科学ではない」という意見は否定できないものがあります。ドラッカーの思考は社会の生態を鋭く指摘しているものが多く、科学的というよりは社会学的・心理学的な側面が強いからです。

ここで重要となるのが「人々の認識」です。ドラッカーの考えが科学的かそうでないかは一般的にはあまり重要ではなく(経営学者にとっては重要かもしれませんが)、世間一般の人が「ドラッカーの思考はすごい」という一般的な認識を抱いていることが重要となります。「皆がすごいと思っているドラッカーの思考を知っている人はすごい」という認識があるため、人々はドラッカーの本を買うという側面があります。

「ドラッカーの思考はすごい」が「人々の認識」です。私がドラッカーの言葉を多く引用するのは、「ドラッカーの思考はすごい」と人々が認識しているからです。ドラッカーを引用した方が説得力が高まるからです。私は「人々の認識」を重要視しています。

「人々の認識」の重要性は増しています。ドラッカーが存命だった頃よりも高まっているのではないでしょうか。例えば、今はネットニュースが全盛の時代ですが、ニュースの内容も重要ですが、それと同じぐらい、そのニュースに対して「視聴者がどう思ったか」が重要になっています。

例えば有名な「Yahoo!ニュース」では、ニュースに対するコメントが書き込まれますが、視聴者の多くがそのコメントを見るようになったのではないでしょうか。「他の人はこのニュースに対してどのように思ったのだろう?」と「人々の認識」を知りたいと思っているのではないでしょうか。この傾向は強まっているように思います。

裁判員制度も「人々の認識」の重要性が増していることの象徴となるものでしょう。裁判員制度は、一般の国民の中から選ばれた裁判員が刑事裁判に参加し、裁判官とともに有罪・無罪、量刑を決める制度です。国民の視点や感覚を反映させやすくすることを一つの目的としています。つまり「人々の認識」を反映させることと同義といえます。

経済学においても同様の流れがあります。経済学は経済現象の法則を研究する学問です。「原理原則」を重視する伝統的な学問です。一方、ここ十数年で脚光を浴びるようになった学問に「行動経済学」というものがあります。2002年に行動経済学者のダニエル・カーネマンがノーベル経済学賞を受賞して注目を集めました。

行動経済学は、人間行動を観察し人間の心理や感情に焦点を当てて現実に即した分析を行う経済学のことです。従来の経済学とは趣が異なります。「原理原則」よりも「人々の認識」を重要視する学問といえます。

「人々の認識」を理解することの重要性は今後さらに増していくことでしょう。「人々の認識」に変化が生じた時、ビジネスチャンスが生まれるはずです。

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