ほとんどの人は、生まれつきの才能に違いはありません。大差ない才能をもって皆生まれるものです。ほとんどの人の才能は、どんぐりの背比べです。人の才能に大した違いはありません。

将来に形成される姿は、才能は関係ありません。才能ではなく「努力」が左右します。そのため、「私には才能がない」と悩む必要はありません。

1%ぐらいでしょうか。非凡な才能をもって生まれる人も中にはいます。天才的な頭脳や超人的な身体的特徴といった、努力ではどうにもならない世界や才能といったものがあるのも事実です。これは、そういうものだとして諦めるしかありません。誰もがレオナルド・ダ・ヴィンチの頭脳に勝ることはできないでしょうし、ウサイン・ボルトより速く走ることはできないでしょう。

ごく一部の人は非凡な才能をもって生まれます。ただ、ほとんどの人は大差ない才能をもって生まれるものです。しかし、「私には才能がない」「なぜあの人は才能が豊かなのだろう」と他人の才能を羨む人もいるでしょう。

このことについては、アダム・スミスが明快な答えを用意しています。自身の著書『国富論』で「人それぞれの生まれつきの才能の違いは、われわれが気づいているよりも、実際はずっと小さい。さまざまな職業にたずさわる人たちが、成熟の域に達したときに、一見他人と違うようにみえる天分の差異は、多くの場合、分業の原因だというよりもむしろその結果なのである」と述べています。

アダム・スミスは、「天分の差異は分業の原因というよりも結果」と主張しています。つまり、「原因→分業(天分の差異という原因があったから分業になった)」ではなく「分業→結果(分業したために天分の差異という結果が生まれた)」ということになります。ちなみに(広義の)分業とは、例えば組織において、Aさんは営業、Bさんは経理、といったように役割分担することです。

アダム・スミスの主張に従えば、仮にAさんが毎年営業成績トップだったとして、それは営業の才能があったからではなく、分業として営業の世界で長らく過ごしてきたから営業成績トップという結果が得られるようになった、ということになります。そして、人によってはAさんを営業の才能の塊のように見てしまうのです。

さらに、人間はそういった人を過大評価しがちです。人間の判断に影響を及ぼす心理的効果で「ハロー効果」というものがあります。ある対象を評価する際に、顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる心理現象のことをいいますが、この場合、人はAさんを営業以外の分野でも才能を発揮していると思ってしまったりします。

こうなると、なかにはAさんが才能の塊のように思う人も出てきます。それが行き過ぎると、Aさんを神格化したり、熱狂的に崇拝するといったことが発生してしまいます。そういったことが健康的に行われていればいいのですが、行き過ぎて暴走してしまうこともあります。過去の歴史に鑑みても、その場合は悲惨な結果が生まれます。

とにかく、人には生まれつきの才能に違いはありません。凡庸な答えとなりますが、その後の姿に影響を及ぼすのは才能ではなく「努力」です。嬉しいことに、努力は才能がもたらすのではなく、「数と時間」がもたらします。少し乱暴な表現かもしれませんが、数と時間を費やせばそれを努力と呼べます。

当たり前のことといえばそうですし、凡庸な答えで終わりますが、結果は才能がもたらすのではなく「努力」がもたらすのです。

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