私はテレビを観ることがほとんどありません。自宅にはテレビがありません。iPadやスマホでテレビを観ることができるようにはなっていますが、長らく使っていません。意識的にテレビを観ないようにしています。

そのようななか、先日実家に帰った時に久しぶりにテレビをつけて、複数人の小学生が大縄跳びで跳ぶ回数を競う番組を観ました。テレビをよく観る人にとってはなんてことはないことなのかもしれませんが、テレビを観ない私は、縄跳びでテレビ番組が成立してしまうことに驚きを隠すことができませんでした。

縄跳び関係者やファンの方には申し訳ないのですが、縄跳びはメジャーなスポーツではなく、どちらかと言うと地味なスポーツという印象しか私にはありません。

何十年も前になりますが、私が小学生の時の時代に縄跳びで活動する人がいたとしても、注目されることはなかったと思います。少なくとも、私の周りで縄跳びをしていた人は皆無でした。そんな地味な印象しかない縄跳びの特番が組まれていたことに驚きを隠すことができませんでした。

驚いたのと同時に、感動しました。そして、勉強になりました。

感動したというのは、単純に小学生が頑張っていたことに対してです。ひたむきに努力していた姿に感動しました。ただ、このことは特に目新しいことではありません。努力して頑張っている小学生は他にもたくさんいます。野球で頑張っている小学生もいれば、吹奏楽で頑張っている小学生もいます。感動はしましたが、このことは特に目新しいことではありません。

一方で、私は縄跳びを頑張っている小学生から一つのことを学びました。目から鱗が落ちる思いでした。学んだことは、「単調なことを繰り返すことの重要性」です。

誤解を恐れずに言えば、縄跳びはただぴょんぴょん跳ぶだけの単調なスポーツです。野球のように複雑なルールもなければ華やかさもありません。私が小学生の時代に縄跳びで活動していた人が周りで皆無だったのも、華やかさがないといったような理由があったからだと思います。当時の花形スポーツはやはり野球やサッカーなどでした。

縄跳びはただぴょんぴょん跳ぶだけのスポーツです。しかし、縄跳びで成果を出すには、高い集中力が必要です。複数の人が規則正しく跳び続けるには、想像を絶するほどの集中力が必要です。よくよく考えると、これはすごいことだと思いました。一糸乱れずにただひたすら跳び続けるのですから。番組では1000回以上を跳んだ例もありました。

仕事には単調な作業がつきものです。毎日、同じことの繰り返しです。それが嫌で仕事を変える人も少なくありません。しかし、小学生が大縄跳びをする姿を観て、単調な作業、同じことを繰り返すことの重要性を再認識させられました。

経営学者のピーター・ドラッカーは著書『企業とは何か』(ダイヤモンド社/著者:P・F・ドラッカー/訳者:上田惇生)で「単調さを捨てて創造的に自己実現を求めることのできるのは、素人芸術家だけである。仕事のプロは定型化した仕事をこなす」と述べています。

単調さを捨てる人は「素人芸術家」だと言うのです。言い得て妙だと思いました。本物の芸術家というのは単調で定型化した仕事をこなす人と言えるのではないでしょうか。ビジネスパーソンもそうでしょう。縄跳びを1000回以上、集中して淡々と跳ぶように仕事をこなすことが求められるのです。

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