女子大生のハンバーガー店経営物語

プロローグ

 水谷すみれは決断を迫られていた。

 すみれが通っている「清経大学」は、都内にある私立大学だ。文武両道の大学として知られている。比較的有名な大学だが、世間一般の評価は並みの学力の大学という位置づけである。全国の大学生を平均すると清経大学の学生になるといえばわかりやすいだろうか。
 新緑の蔦に覆われるレンガ造りの校舎がシンボルで、すみれはその校舎が好きになって入学を決めた。もちろん、それだけが全てではない。ただ、その佇まいに惹かれたのは事実である。
 すみれは社会学部の4年生で、大手流通企業に内定が決まっている。残りの学生生活を楽しもうと、友人と旅行などの計画を立てていた。

 すみれは近隣の複数の大学で構成されるテニスサークルに所属している。
 ボーイフレンドの野中雄一郎はテニスサークルのOBで、サークルの交流会を通して知り合った。名門の慶京大学を卒業し、日本有数のコンサルティング会社に勤めている。
 すみれは雄一郎の理論的な指導に惹かれていった。どちらかというと、ノリと勢いで指導する先輩やOBが多い中、的確な理論で指導する雄一郎は異彩を放っていた。
 雄一郎のテニス理論はコンサルティング会社でも役立っているようだ。担当している航空会社の戦略プロジェクトで激論を交わす際も、持ち前の理論でプロジェクトの進行を支えていた。
 雄一郎は理論だけでなく、行動力においても他に類を見ないものがあった。航空会社の海外支社に国際電話をかけて情報を聞き出すこともあった。英語も堪能である。30歳と若いが、重役からの評価は高い。

 すみれは父親の茂之と母親の冬美と共に、東京都世田谷区桜上水に住んでいる。閑静な住宅が広がる街だ。世界一の乗降客数を誇る新宿駅から京王線で五つ目が桜上水駅で、すみれ一家の最寄り駅となる。すみれは桜上水の街が好きだ。

 父の茂之は中堅商社に勤めるサラリーマンだった。2年前に脱サラし、桜上水でハンバーガー店を開業した。母の冬美もそのハンバーガー店で働いていた。すみれもアルバイトとして働くことがあった。

 話は数年前にさかのぼる。

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