部下とコミュニケーションを図る際、意見が食い違うことがないでしょうか。「A」と主張しても、部下は「B」だと反論したり、「A」と主張しても部下は納得がいかない様子だったり、といったことがないでしょうか。

まず認識すべきことは、コミュニケーションの本質はそういった両者の意見の違いを認識することだということです。

意見が違うことは当たり前で、そのことで「コミュニケーションが上手くいっていない」と考えるのは間違いです。互いの意見が違うことを認識することこそがコミュニケーションそのものだからです。

経営学者のピーター・ドラッカーは自身の著書『マネジメント[中]』(P.F.ドラッカー著/上田惇生訳/ダイヤモンド社)で「同じ事実を違ったように見ていることを互いに知ること自体が、コミュニケーションである」と述べています。

そして、コミュニケーションすることで「違い」が生じたとしても、どちらかが完全に正しくて、どちらかが完全に間違っているとは思わないことが肝要です。物事には二面性があり、どちらも間違いではないことがほとんどだからです。

たとえば、「商品開発」に対する考え方においてにドラッカーとスティーブ・ジョブズは異なる見解を示していますが、それは互いの立場が違うために意見が相違するのであって、どちらかが間違っているということではありません。

ドラッカーは『マネジメント[上]』(P.F.ドラッカー著/上田惇生訳/ダイヤモンド社)で「『われわれは何を売りたいか』ではなく、『顧客は何を買いたいか』を考える」と述べています。

一方、『スティーブ・ジョブズ II』(ウォルター・アイザックソン著/井口耕二訳/講談社)によると「『顧客が望むモノを提供しろ』という人もいる。僕の考え方は違う。顧客が今後、なにを望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが僕らの仕事なんだ」とジョブズが述べたとしています。

ドラッカーとジョブズは商品開発に対する考え方が異なっていますが、どちらかが間違っているというわけではなく、立場や状況によって採用すべき戦略が異なることを示しているに過ぎません。

ドラッカーとスティーブ・ジョブズでも異なる。物事の二面性、どちらが正しい?

また、コミュニケーションはイノベーションの始まりでもあります。

ドラッカーは『イノベーションと企業家精神』(P.F.ドラッカー著/上田惇生訳/ダイヤモンド社)で「コップに『半分入っている』と『半分空である』は、量的には同じである。だが、意味はまったく違う。とるべき行動も違う。世の中の認識が『半分入っている』から『半分空である』に変わるとき、イノベーションの機会が生まれる」と述べています。

ドラッカー流「カイゼン」のタイミングをつかむ方法

「半分入っている」と「半分空である」という意見の違いを「意見の相違」で片付けるのではなく、上司としてはイノベーションの機会の可能性を探る必要があります。なぜ部下は自分と違う意見を述べているのか、ひょっとしたらイノベーションの機会なのではないか、と考えるべきなのです。

そして、部下に対しては、物事には二面性があることを教える必要があります。一方的に自分の意見を押し付けるのではなく、なぜ互いの意見が違うのかをよく話し合う必要があるといえるでしょう。なぜ自分はそのような意見を主張するのかを伝え、なぜ部下はそのような意見を主張するのかを傾聴するのです。

ドラッカーがコミュニケーションについて、著書『マネジメント』で述べたことを再掲します。

「同じ事実を違ったように見ていることを互いに知ること自体が、コミュニケーションである」